仕事柄色々な会社の人に会う。そこにはやはり個性が有って面白い。特に、保守的な会社、言い換えれば比較的裕福な歴史を辿る会社は面白い。
かなり学歴の高い人たちが揃っていても、問題解決力が無かったりする。厳密に言うと、問題を下流に何の悪びれも無く押し付ける傾向がある。押し付けると言っても、表向きは大分丁寧な感じなんですけどね・・・
だから、中学生でも分かるようなレベルの事象を知らなかったりする。厳密に言うと、知ろうともしない傾向がある。その癖、プライドはそれなりに高いので、こちらが問題提起すれば、何となく乗っかってくる。でも、そのプライドを汚せないので答えは出さない。
裕福に当てはまらないが、私の会社もかなり保守的である。それは下請けメーカとして、天から舞い降りてくる仕事を、大風呂敷広げて掴み続けてきたからだ。そして、それが慢性化した歴史をひたすら積み上げてきたので、自分たちで考えて仕事を得る術を完全に忘れてしまっている。 何れにせよ、それが会社の文化みたいになると、ある意味恐ろしい。何故なら、少しでも違う考えは過激なスパイスになるため、正しい考えだったとしても黙殺されてしまうからだ。小学性の頃に同質化した環境で、特異な個性を持った子が孤立することがあったが、それと何か似ている。何かの本の受け売りだが、正誤に関係無く多数派を模倣して生きることが最も簡単な方法だからだ。
こんなスタンスで後何年、やり過ごせるか?ちょっと危惧する所がある。筑紫哲也さんが残した「少数派を恐れるな。」と言う言葉は、最近結構身に染みる。