2013年12月27日金曜日

苦悩

 大げさに言うと仕事が上手く進んでいない。明らかに自分の能力(キャパシティー)を超える仕事に直面している。つまり、何をすべきかが、まず分からない状況。明らかに身の程知らずの欧州国相手のビジネス。彼らは特権的と言うか支配的なので、自分の手を汚さずに確実な成果を求める。グレーを重んじる生粋の日本人である私は既に拒絶反応気味。契約と言う概念を意識したことなど全く無い。

 
 その相手はドイツ。何故か我々に対し好印象。否、そうでは無い。どうも既存の日本の取引先に対する印象がすこぶる良いらしい。日本の技術力万歳。人は見た目が9割、第一印象で全てが決まる。その優秀な会社のおかげで、弊社も好印象。

 
 しかし、実態はこうだ。既存の仕事ですら、受け皿からこぼれ落ち始めている状況。精神的に仕事がまわらないだけなら良いが、具体的に大きなトラブルが勃発し始めている。そんな中、新しいことに目を向けようとしている。セオリー通りなら、うまく行く筈が無いだろう。

 
 根がネガティブだからだろうか?成功の青写真は全く見えない。むしろ失うことが大きそうだ。とりあえず、今年はもう終わり。しばらくこの問題は棚上げしておこう。



 

2013年11月28日木曜日

迎合

 今更ながら、世の中はどんな些細なことでも、或いはどんな斬新なことでも、ごく少数の先駆者が道を切り開き、一生懸命敷いた赤絨毯の上を、何の敬意も表さずに土足で踏み荒らす大多数で構成されていることを実感。勿論私もその後者。
 

2013年11月20日水曜日

おススメ

 30を過ぎると髭剃り後の肌荒れなどで、流石にお肌も下り坂なので、エイジングケアのつもりで化粧水を使っている。そこで、おススメなのがセーレン(株)が製造している男性用化粧水だ。
 販促のつもりは無いけど、効果は確かに凄い。こう言うときには、客観的な指標が信頼出来ると思うので、それを紹介しよう。私は28歳位までは、多くは女性から「年相応ですね。」と言われてきた。それから間もなくケアをスタートし、今現在は26・27歳に見られる。このようなことに無頓着な男からも「若いですね。」と言われるのでまず間違い無いだろう。
 この会社のウェブサイトをみれば詳細が分かるが、繭(マユ)に含まれる「セリシン」と言う成分がキーワードです。私がこれを知ったのは何かのTV番組でしたが、この会社で1日中マユと接する作業をしているオバちゃんたちの手(肌年齢)が、実年齢よりも飛躍的に若かったのが信頼を増長します。また、恐らくはそれをヒントに化粧品を製造し始めたのだと思います。
 言葉は悪いが、死んだ牛の革(=レザー)ですら日頃のケア次第で、それなりの質感を長く保てることを考えれば、常に新陳代謝している生きた肌をケアすることは、差ほど難しく無いだろう。
 

2013年11月6日水曜日

自己分析

 自分のことをちょっと言うと、やや臆病で人見知りで保守的で物事が予定調和に進まないと不安になるところがある。人からは「○○の考えていることはよく分からない。」と言われるが、それは自分のことをさらけ出せない臆病さから来ていると思う。こんなことを書けるのも自分の素性が明らかにならない安心感があるからだ。もう良い大人なのでこれは一生治らないだろう。 
 そんな対人関係に消極的な自分でも理解出来ないのは、人から道などを尋ねられることが多いこと。海釣りに行けば現地人でも無いのに「旨い定食屋は無いか?」、新宿でブラついてたら米人に「ビッグカメラはどこ?」、新幹線ではブラジル人に座席の場所を聞かれるなど、若いころは1日最高3回尋ねられることがあった。昔ある人からは、自分は無防備だと言われたことがあるが、それが理由の一つだろう。まぁ、悪い人に見られている訳じゃ無いので良いが・・・
 そして、最後に自分の屈折した性格を最高度に表現した、下らないこだわりが一つだけあります。それは一過性の親切です。換言すると、(親切にした)出来事以降、その人と一生会う事が無いと分かるときだけ親切に出来ると言う事です。無償の親切なんてただの欺瞞で、誰かに親切にしたら、それと同等のお返し(親切)を期待してしまいます。一方、お返しが出来ない場合、親切した側とされた側には主従関係のようなものが出来てしまいます。一過性の場合は、文字通りそれっきりで終わりなので、これらを心配する必要は全く有りません。
 こんな事を考えている暇が有るなら、真面目に仕事をしたいところですが、今日はここまで。
       

2013年11月3日日曜日

誤表示批判

 物事の価値を見極めるのって難しい。松茸とかキャビアとかフカヒレとか高級食材と言われているものって、希少価値が高いだけで、それを本当に旨いと感じている人っているのか?と思ってしまう。実際、フカヒレなんかはその物自体に味は無い訳だし・・・春雨にそれっぽいタレをかけて「これフカヒレですよ」と言われても多分私は分からない。まぁ、そういう思想は庶民的であって、高級なものを食べられる人は、むしろ自分がそれに値するクラスであることを誇示することを目的としているだろう。

 
 あるワインを1本10万円と言われて飲んでも、その有難みは自分には分からない。或いは、それが実は1000円のワインだったとしても、そうだと気付くことは恐らくない。同じく、あるお米を1k1万円のブランド米と言われて食べても、ただのお米なのでとりわけ旨いと感じることは恐らく無いだろう。

 今や誰でも、それこそ女子高生でも平気でブランド物のバッグや財布を持っているし、さらに田舎のヤンキーのルイヴィトン保持率はかなり高い。それこそユニクロのように巷に流布しているが、それにどこまで真の価値があるかよく分からない。それは、恐らく所持している人たちも分かっていない。自己顕示欲もあるが、基本的には自分の身の回りの人たちが持っているから、単に羨ましくなっただけだろう。

 なんでもそうだけど物事の価値は価格でしか判断しようが無い。でも消費者は、よほど目の肥えた(経緯を積んだ)人で無い限り、その価格が本当にその物に見合っているているかを判断することは出来ない。大概は、単に高いと言うだけで気分が高揚して、その気になっちゃうだけだと思う。だからこそ、価値を提供する人たちが嘘を付くなんてことは、もっての外なのだ。誰も、絞りたてのジュースと解凍後のジュースの違い何て判らない。それを逆手に取って、自分たちが不当な利益を搾取するなんて悪意の塊でしか無い。

2013年10月26日土曜日

ふと考える

 礼儀正しさって結構タチが悪い。決して不良を推奨している訳では無いけど、悪意を持った礼儀正しさが不良を生んでいるとも言える。
  悪意は言い過ぎたかもしれないけど、それは自分の手を汚さない手段として用いられる。人が皆道徳的に推奨される礼儀正しさを持っていたら、恐らく世の中は成立しない。いつの時代も無くてはならない仕事って下衆な扱いをされることが多いからだ。しかし、仮に不況でもそれが取り合いになることはほとんど無い。
 震災後の原発の後始末にしたってそうだ。その問題を責任者がどこまで陣頭指揮を取って進めているか疑わしい。現場で起こっている肝心な問題の処理って下請け・二次請け・三次請けに無責任に流されていると思う。そして、おかしな問題が頻発する。色々な意味でアンダーコントロールは流石に言い過ぎだ。
 震災の復興があまり進んでいないのも同じこと。皆心の中で復興を願っている。私だってそれは同じ。でも実体を見れば、結局は臭いものに蓋をしている始末では無いか。或いは、復興予算が別の目的に使われるなんて話は、礼儀正しい人たちがする最も下劣な行為だ。

 飛躍するけど子供の感度ってとても高い。だから、純粋な子ほど「偽りの礼儀正しさ」を敏感に感じとる。そして、その反動で不良になってしまう。目を見れば分かるけど、そういう奴って結構純粋な目をしていることが多い。このような循環がバランスして、結局世の中は成り立っていく。

2013年10月17日木曜日

(文字の)印象

 【Saturday】だったか(【Sunday】だったか)忘れたけど、そうプリントされたTシャツを着た芸人を見て、通りすがりの外人が「サタディ」と声に出した。その裏には「何それダッセー。」と言った含みがあるように思えた。これは、あるTV番組での一幕。土曜日Tシャツは確かにダサいと思う。
 でも、よくよく考えると英字がプリントされた洋服は普通だし、外人だってそれを当たり前に着ている。【I LOVE ○○】みたいなのは、よくあるパターンだと思うけど、それって公に主張するようなことなのか?否、そうじゃ無い。これはファッションなんだと言われることは、分かっている。しかし、それは単に着ている人の気分や意識の問題では無いか?実際に外人がそれを見れば、「私は○○が大好きです。」と言う意味を真に受ける筈だ。そして、○○に入る単語次第では「何それダッセー。」と評価されることになる。しかし、実際はそんなシーンを見ることは余り無い。あれっ、よく分からなくなってきたぞ??
 逆に、これを日本語に置き換えるとどうだろう。最近は外人向けの土産で日本語のメッセージが入ったTシャツやタオルを見るけど、それをまともに着用している人を少なくとも私はダサいと思っている。また、外国の人気歌手や俳優が、クールだと言ってその意味をまともに知らずに、好きな漢字をタトゥーにしているのもダサい。漢字その物の造形がクールだと言う人もいるけど、その意味とのギャップが大ければ大きい程、ダサい度が増す。そんな中、唯一自分が許せるのは【海人】Tシャツだ。何か沖縄人の男らしさが伝わるからだろうか?真の理由はよく分からない。
 
 
 以上で判断するのは浅はかですが、総じて英語はダサそうな言葉でも、単に英語と言うだけでその印象が薄れる可能性が高いと思う。一方、日本語は一部の例外を除き、そのほとんどが衣類などに刻印されるとダサくなる可能性が高い。この問題の真意について、死ぬまでに直接外人に聞いてみたい(笑)。そして、口に出さないだけで、外人同士も実はダサいと思っていたら、ちょっと面白いと思う。

2013年10月9日水曜日

軽いノリ


 大体自分の人生を振り返るとその選択は表層上滑りだ。スラムダンク最盛期で、単にバッシュが履きたいからバスケ部に入り、何となく響きが良いから理系を選び、唯一現実を見据えて工学系の大学に入るが、そのクセ変な理想を描き過ぎた挙句に失望して、単に卒業しただけと言う末路。
 
 そんな自分が今からなれるともなろうとも思わない、憧れの存在が熟練工と呼ばれる人たちだ。靴職人とか仕立て屋とか金型を経験則で修正する職人とか、挙げれば切が無い。でもその数はあらゆるジャンルで減り続けていると思う。

 それは言うまでも無く、人・物・金が陳腐かつ無機質に動き回る世界にはミートしないからだ。流行り廃りの激しい時代に、何十年と時間を掛けないと身に着けられない技能を待っている暇は無い。きっと昔の人は好き好んで選ぶ余裕も無く、ただ生きるために身に着けた職業だと思うが、ニートでも生きていける現代に一つのことに一生を捧げる決意は中々見出せない。
 
 自分の仕事は設計と言っても、朝から晩まで図面と向き合っている訳では有りません。先駆者たちが赤絨毯を敷いてくれたおかげで、新しいアイデアを盛り込む機会もほとんど有りません。ボンヤリしてますが、何とも抗いがたい波に翻弄されているだけです。だからこそ、明確な技能を後ろ盾に気概を持って仕事をする人たちに対する憧れが強いのだと思います。でもそこに首を突っ込む根性は有りません。残念!
 






2013年10月4日金曜日

責任

 
 
 これを英語にするとresponsibilityになる。さらに分割してみるとresponse+abilityになり、そのまま訳すと(反応する)+(能力)になりそうだ。見て見ぬフリをする奴を無責任だと思えば、確かに合点がいく。言葉って本当に良く出来ているなぁ。
 先日、自分の命を犠牲に踏切内で倒れていた老人を救った事故が大きな話題になった。本当に責任感の有る人って本能や直観に従って動けると思う。恐らく、現場に居た女性は自分が列車に引かれる可能性なんて考えなかっただろう。また、自分と老人の年齢を比較した時の命の重みも考えなかった筈だ。客観的には自分の命を優先すべきなのに・・・
 私自身は、このような打算をしてしまうので、ある意味無責任かもしれない。勿論、今回のような局面で勇気を持った行動が取れる人は、良い意味でかなりマイノリティーであることは分かっています。ただ、もっと些細な局面ですら無責任(見て見ぬフリ)を決め込む事が多い自分と彼女を比べると、少し情けなくなります。他人の困りごとに何の見返りも無く手を差し伸べられる精神は、鍛えてどうにかなるものでは無い人間の本質的な部分であり、崇高だと思いました。
 
 
 

2013年9月29日日曜日

虚栄心

 
私の唯一の趣味と言うか暇つぶしは靴磨きです。友人の勧めで始めました。6年弱履き続けているビジネスシューズは、大分良い感じになってきたと自己満足しています。また、仕事相手にそれらしい知識で滅茶苦茶に論破されたり、理不尽な対応を強要される際は、その人たちのカピカピに干からびかけたシューズを見て、勝った気になることでストレスを解消します。人間的に足元を見られた相手の足元を見る。今風に言えばプチ「倍返し」作戦になります。

 
 


 
 因みに、大事なのは汚れ落としと、乳化性のクリームで栄養を与えてやるだけです。

2013年9月23日月曜日

出ずっぱりの欲望


 世の中が豊かになると人々の欲求は外的条件を満足することに集中するらしい。だから、昔ならオバさんと呼ばれていた30・40代の女性も、見た目だけは随分若い人が多くなっている。逆に若い世代も、小学生なんてメイクなんかしなくても、そのものの若さだけで充分勝負出来る筈なのに化粧をする始末だ。オバさんが若く見られたいのは、当人たちの欲求に他ならないが、小学生がメイクをするのは他者の影響(大人たちのビジネスの都合)に拠るものが大きい気がする。 
 
 同時に、豊かさは人々を俳優にするらしい。確かに、某局で放送している一般人の日常を描いた番組は、そんな雰囲気を醸し出す。プライベードでは、一日中ふんぞり返って寝ていたい私にとってあのような世界観は俄かに信じがたい。
 一方で、世の中が不況になるとエロが蔓延すると言う話もある。ネットの世界で広がるそれは一昔前までは考えられなかったような刺激が無限に広がっており、少なからず私もその恩恵を受けています。
 
 このような二極化は、好・不況などと言った経済的な言葉に落とし込もうとすると全く説明が付かない。事実、これらは同時進行中だ。唯一言えるのは、人間の出ずっぱりの欲望が抑えのきかない所までいよいよ辿り着いてしまったことだろう。
 
 

2013年9月14日土曜日

印象

 ANAとJALでは確実にANAの方がブランディングに成功していると思う。て言うかANAの方が制服がシャレオツな感じがする。JALは、それでもやはり日本を背負って立つ雰囲気が微妙なダサさに繋がっている気がする。最近刷新された制服は、良くも悪くもTHE JAPANだ。
 それだけで判断するつもりは無いけれど、大して飛行機を利用しない私でもなんか良いねと思わせる差を感じずにはいられない。

2013年9月9日月曜日

想定外の津波に関し

 津波で被災した町に立ち寄る機会がありました。20m以上の津波が押し寄せた結果、今でもそこは、さら地の状態でした。また、同じような場所は他にもたくさんあると思います。このような津波は嘘か実か、100年に1度はやってくるような話を聞きます。えっ、そんなペースで来てしまうのかと驚    かされますが、今後の対策はどうするのでしょうか?
 20mクラスの津波が来るならば、単純にそれ以上の防波堤を作れば良いのか?否、そんな筈は有りません。城塞じゃあるまいし、町から海が見えないなんて想像するだけで気持ちが悪いし、閉塞感が生まれます。しかし、従来通りの対策を取れば物理的な被害は何も変わりません。
 じゃあどうすれば良いか。身も蓋も無い話ですが、やはり暮らす人々の覚悟に依存せざるを得ない気がします。このような天災が、この場所では起こり得ると言う覚悟を持った上で、そこに留まること。そして、万が一の際は適切に避難をする方法を考えておくこと位しか出来ないと私は思います。もし、遠い未来に同じようなことが起こったとき、それは「想定外の事実」では無く、「想定内だったけどコントロール出来なかった事実」に変わっているのでは無いかと想像します。