2014年3月29日土曜日

譲れないプライド

 スーパーやコンビニのレジで長い列に並び、しばらく待っていると突然休止中だったレジがあくことがある。そっちに並び換えた方が早く会計を済ませられる可能性が有るけど、そんなことは余りしない。大げさだけど、「俺の判断はベストだ。今更変えることなど断固出来ない。」一昔前はそんな気持ちだった。今は店員が、「次にお並びの方は・・・」みないな感じで2番目の客を優先するので、変な自己判断をする必要が無くなった。ちょっとした一言の効用だ。

 話が横道にそれたが、人間は年を取るほど、或いは責任が重くなるほど、自分の過ちを認めることが出来なくなる。それで天地がひっくり返るとでも思ってるのだろうか。ひっくり返ってしまうのは、きっとそう思っている自分の精神だけだろう。

 でもそれが国家威信に関わる問題だと、そうはいかない。明らかに間違いだったと分かっても、そうは言えない。一体誰が「私が悪うございました。」と誤ってくれるのか?死ぬまでに1度はそんな場面を拝んでみたいもんだ。袴田事件の記事を一読してふと思った。頑なに信じ続けた考えを、客観的な判断基準で一瞬に覆すことなど、組織権力の中では出来る筈も無い。そして、その結果一人の人生がどうなろうと知ったことでは無いのだ。冷たいけど48年の歳月が見事にそれを証明する。

 真の正しさと人が作り上げた正しさ。数えることが出来たなら圧倒的に後者が多いだろう。そんなもんだ。

 
 

 

 

 

 

2014年3月22日土曜日

思ったこと箇条書き

何か頭に浮かんだことを書いてみよう。

・自動車には何故「復刻」と言う概念がないのだろう?スニーカーみたいに一昔前の物に(最新の
  テクノロジーを入れて)販売すれば、結構飛付く人がいる気がするけど・・・

・新聞を読んでいるけど、目を通すのは「コボちゃん」と増田明美さんが回答するときの「人生案内」
 だけだ。ためになるけど、それだけなら購読止めようかな・・・

・親がストレッチポールと言うアイテムをやたらと勧めてきた。その時はほとんど無視していたが 後でTVで元日本代表の川口能活が使っているのを見て急に欲しくなった。何この差は?

・マイノリティーがマジョリティーに昇華する瞬間てどこにあるの?昔ストリートダンスは不良のもの
 だったと思うけど、いつの間にか授業に取り込まれている。国の仕業でしょうか?

・疲れが内臓に出るようになってきた。加齢だな。

・自分たちの年収をTVで口外するのが当たり前なっているけど、あれはかなり下衆だと思う。

・何かの本に「競争の無い関心は無い」と有った。一部例外は有るけど、本当そう思う。下らないけ
 ど、それぞれが抱えるその競争からは、もう誰も降りられない。あぁ、嫌だ!

・疲れた時はとにかく寝よう・・・

・全くの偏見だがプーチンには表層に塗りたくられた野心の裏側に弱さと隙が垣間見られる。



2014年3月14日金曜日

嘘や捏造

 個人的な仕事の話。先月末、材料解析をせずに取引先にさも実施したような報告をしてしまった。その後、1日も経たない内に先方が調べた解析結果が出た。「間違ってませんか?」ドキッとした。だって何もして無いのだから。理由は二つ。そんなの調べるまでも無いと勝手に思い込んだ。また、忙しさにかまけて1日程度の調査時間すらおざなりにした。1回位は許してくれるだろうと、神に誓ったつもりも無いし、悪意も無かった。でも、指摘された時は本当にドキッとした。超反省。

 物事の大小問わず、あるべき道を外すことは人間なら誰でも有ると思う。もし、「私の判断は常に正しい。」と言える人がいたら、それはもう神様だ。ただ、その行いを実施する前後で当人が何を感じるかが大切な部分だと思う。

 残念ながら、あの佐村河内氏はスーパペテン師だと私は思う。今も昔も何も感じぬまま自身を演じ、他者を騙し続けてきたのだろう。言い換えればスーパー不感症ヤローだ。

 一方で小保方さんの場合は、(やったことは間違っているけど)何か本質的な理由がある気がする。その理由が打ち上げられることは無いと思うが、私と同じくドキっとしたのだろう。かなり憔悴していると聞くので、そのドキッと感は私の数万倍だったと思う。でも、優秀な研究者の理性ならこんな結果になることは容易に想像出来た筈なのに何故だろう?

 これは憶測だが、もしかしたら小保方さんは、本当に何の悪意も無かったのかもしれない。こうやって色々と指摘を受けるまでは全てが正しいと純粋に思い込んでいた可能性は否めない。あとは自分の研究が愚弄された苦い思い出も影響しているかもしれない。(純粋)×(負けず嫌い)は、時として捻じ曲がった感情を生むと、私は勝手に想像する。

 それでも一体何故だろう?天地がひっくり返るような大事になる事位、想像出来たと思うのだが・・・私は唯一、この研究の再現性がいつかどこかで認められることを信じたい。


 



 

 

2014年3月8日土曜日

〇河内氏批判

あー凄い久しぶりの投稿。継続は力なり。あの佐村河内氏って、自分のウソを棚上げして他人のウソをあぁもいけしゃあしゃあと批判出来るなんて、ある意味凄いよな。彼に添付出来る名誉なんて1ミクロンも存在しないのに・・・・「俺のせい~。(心の声)」(お前のせいだよボケっ!)それは謝罪と言う名の悪あがきにも見えた。最後まで人を騙そうとする。スーパーミラクル下らねぇ。

しかし、あれがウソだと分かるまで、感動で打ちひしがれていた人たちは、一体何に感動していたのだろう。純粋にあの楽曲が琴線に触れた人は(勿論いるけど)希だろう。

良く有る帰結だが、最後に頼れるのは自分自身の判断と言う事か。