2014年3月29日土曜日

譲れないプライド

 スーパーやコンビニのレジで長い列に並び、しばらく待っていると突然休止中だったレジがあくことがある。そっちに並び換えた方が早く会計を済ませられる可能性が有るけど、そんなことは余りしない。大げさだけど、「俺の判断はベストだ。今更変えることなど断固出来ない。」一昔前はそんな気持ちだった。今は店員が、「次にお並びの方は・・・」みないな感じで2番目の客を優先するので、変な自己判断をする必要が無くなった。ちょっとした一言の効用だ。

 話が横道にそれたが、人間は年を取るほど、或いは責任が重くなるほど、自分の過ちを認めることが出来なくなる。それで天地がひっくり返るとでも思ってるのだろうか。ひっくり返ってしまうのは、きっとそう思っている自分の精神だけだろう。

 でもそれが国家威信に関わる問題だと、そうはいかない。明らかに間違いだったと分かっても、そうは言えない。一体誰が「私が悪うございました。」と誤ってくれるのか?死ぬまでに1度はそんな場面を拝んでみたいもんだ。袴田事件の記事を一読してふと思った。頑なに信じ続けた考えを、客観的な判断基準で一瞬に覆すことなど、組織権力の中では出来る筈も無い。そして、その結果一人の人生がどうなろうと知ったことでは無いのだ。冷たいけど48年の歳月が見事にそれを証明する。

 真の正しさと人が作り上げた正しさ。数えることが出来たなら圧倒的に後者が多いだろう。そんなもんだ。

 
 

 

 

 

 

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