大体自分の人生を振り返るとその選択は表層上滑りだ。スラムダンク最盛期で、単にバッシュが履きたいからバスケ部に入り、何となく響きが良いから理系を選び、唯一現実を見据えて工学系の大学に入るが、そのクセ変な理想を描き過ぎた挙句に失望して、単に卒業しただけと言う末路。
そんな自分が今からなれるともなろうとも思わない、憧れの存在が熟練工と呼ばれる人たちだ。靴職人とか仕立て屋とか金型を経験則で修正する職人とか、挙げれば切が無い。でもその数はあらゆるジャンルで減り続けていると思う。
それは言うまでも無く、人・物・金が陳腐かつ無機質に動き回る世界にはミートしないからだ。流行り廃りの激しい時代に、何十年と時間を掛けないと身に着けられない技能を待っている暇は無い。きっと昔の人は好き好んで選ぶ余裕も無く、ただ生きるために身に着けた職業だと思うが、ニートでも生きていける現代に一つのことに一生を捧げる決意は中々見出せない。
自分の仕事は設計と言っても、朝から晩まで図面と向き合っている訳では有りません。先駆者たちが赤絨毯を敷いてくれたおかげで、新しいアイデアを盛り込む機会もほとんど有りません。ボンヤリしてますが、何とも抗いがたい波に翻弄されているだけです。だからこそ、明確な技能を後ろ盾に気概を持って仕事をする人たちに対する憧れが強いのだと思います。でもそこに首を突っ込む根性は有りません。残念!

0 件のコメント:
コメントを投稿