自分のことをちょっと言うと、やや臆病で人見知りで保守的で物事が予定調和に進まないと不安になるところがある。人からは「○○の考えていることはよく分からない。」と言われるが、それは自分のことをさらけ出せない臆病さから来ていると思う。こんなことを書けるのも自分の素性が明らかにならない安心感があるからだ。もう良い大人なのでこれは一生治らないだろう。
そんな対人関係に消極的な自分でも理解出来ないのは、人から道などを尋ねられることが多いこと。海釣りに行けば現地人でも無いのに「旨い定食屋は無いか?」、新宿でブラついてたら米人に「ビッグカメラはどこ?」、新幹線ではブラジル人に座席の場所を聞かれるなど、若いころは1日最高3回尋ねられることがあった。昔ある人からは、自分は無防備だと言われたことがあるが、それが理由の一つだろう。まぁ、悪い人に見られている訳じゃ無いので良いが・・・
そして、最後に自分の屈折した性格を最高度に表現した、下らないこだわりが一つだけあります。それは一過性の親切です。換言すると、(親切にした)出来事以降、その人と一生会う事が無いと分かるときだけ親切に出来ると言う事です。無償の親切なんてただの欺瞞で、誰かに親切にしたら、それと同等のお返し(親切)を期待してしまいます。一方、お返しが出来ない場合、親切した側とされた側には主従関係のようなものが出来てしまいます。一過性の場合は、文字通りそれっきりで終わりなので、これらを心配する必要は全く有りません。
こんな事を考えている暇が有るなら、真面目に仕事をしたいところですが、今日はここまで。
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